コラム
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珠玉の旋律
ジョン・フィールドという、アイルランド出身の作曲家をご存じでしょうか。彼は、同時代のベートーヴェンやパガニーニのように知名度はありませんが、当時のヨーロッパではトップクラスの音楽家だったようです。
音楽史上におけるフィールドの業績では、何といっても、夜想曲(ノクターン)というジャンルを完成させたことが挙げられます。夜想曲は、形式にとらわれない自由なピアノ曲で、多くは、左手による伴奏と右手のメロディという単純な構造をとり、1曲あたりの演奏時間は5分程度です。夜想曲というと、ショパン、フォーレ、ドビュッシーなどを思い浮かべる人が多いのですが、彼らの模範となり、研究対象となったのが、フィールドの夜想曲です。
フィールドは、若いころからとび抜けた才能を示したため、師に連れられ、ピアニストとしてヨーロッパ各地を旅しました。そして、21歳のときに彼が定住の地に選んだのは、ロンドンでもパリでもウィーンでもなく、意外にも、ロシアのサンクトペテルブルクでした。
フィールドはここで、ピアニスト、作曲家、音楽教師として最盛期を迎えます。彼の教え子の一人には「ロシア近代音楽の父」と呼ばれたミハイル・グリンカがおり、やがてグリンカの影響を受けたボロディン、ムソルグスキー、チャイコフスキーらによってロシア音楽の華が開くわけですから、教育者としてもたいへん重要な存在であったといえるでしょう。晩年、アルコールに溺れて思うような活躍ができなかったことは残念ですが、もっと評価されてよい人物であると思います。
フィールドの作品は、現在ではほとんど演奏されることがないので、なかなか聴く機会がありませんが、全部で十数曲残っている夜想曲をはじめ幾つかの作品については、僅かながらCDが発売されていますし、インターネットで聴くこともできます。どの作品もきわめて美しい旋律で、シンプルながら豊かな情感があり、古典派音楽というよりはロマン派音楽の先駆けというべきかもしれません。しかし、例えばショパンのように劇的な効果を狙った形跡はなく、どの曲も素朴で、肩の凝らない印象です。
皆さんも、興味があればぜひ聴いてみてください。